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| ■経歴 |
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| 1965年 |
10月3日 岡山県生まれ |
| 1984年 |
水島工から南海(現ダイエー)に入団(ドラフト6位) |
| 1994年 |
西武ライオンズへ移籍 |
| 1999年 |
阪神タイガースへ移籍 |
| 2000年 |
阪神タイガース退団 |
| 2001年 |
5月1日より米国カリフォルニア州の独立リーグ、
ソノマ・クラッシャーズでプレー。
同年現役引退 |
| 2002年 |
野球解説者として活躍 |
| 2003年 |
福岡ダイエーホークス二軍外野守備打撃コーチ就任/退任 |
| 2004年 |
オリックスブルーウェーブ二軍外野守備コーチ兼打撃コーチ補佐就任 |
1581試合1599安打638打点打率.277
首位打者1回('92) 盗塁王2回('92、'94)
ベストナイン6回、ゴールデングラブ賞4回 |
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1984年にドラフト6位で南海(現ダイエー)に入団。そのダイエー時代には、ベストナインやゴールデングラブ賞を獲得するなどマルチプレイヤーの活躍を見せた。走れるスラッガーとしてプロ野球界にその名を残した佐々木誠は、1992年には、持ち前の豪快なフルスイングで快打連発。史上2人目となる、首位打者と盗塁王を同時獲得するなどの快挙を達成し、偉大なる実績を残した。
1994年には、秋山幸二らとの大型トレードにより森監督率いる西武ライオンズに移籍し優勝も経験。1999年からは阪神タイガースでプレー。日本での現役最後まで、「初球フルスイング」を貫き通した。 日米野球では、全米bPと呼ばれたハーシュナイザーから本塁打し、ラソーダ監督から、「あんな男はここ10年見たことがない」といわせた。
日本での現役引退後も、自分が納得するまでプレーをすることを希望し渡米。 米独立リーグ、ソノマ・クラッシャーズでプレーすることが決まった。 「メジャーに一番近い選手」であった彼もマイナーリーグの入団テストに挑戦したが、実力は認められながらも、チームの編成面や、方針などにより不採用になった。しかし、「ただひたすら好きな野球がしたい」という野球への情熱は、まだ今もなお燃え尽きてはいないが、帰国後は、指導者として、そして野球解説者として活躍。現在はオリックスブル-ウェ-ブの一軍コ-チとして手腕を発揮する。 |
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■主な出演番組 |
| NHKテレビ |
『開幕直前!大リ−グ徹底ガイド』 |
| TBS |
『ガチンコ!』〜メジャ−リ−グ学院 |
| サンテレビ |
野球解説 |
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